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RITA御所まち 客室 「アンジェリカ」
浦山 志穂子
まちづくりの拠点としての「銭湯」が今、見直されています。2024年4月に東京原宿に開業した東急プラザ「ハラカド」でも、キーテナントのひとつとして「小杉湯原宿」が入り、「銭湯の湯上がり文化を通じたコミュニティづくり」が展開されています。
奈良県御所市(ごせし)では、一度は廃業した銭湯の再生を中心に、2022年、古民家を改装した宿泊施設やレストランによる「まちごとホテル」、GOSE SENTO HOTELがオープンしました。運営するのは株式会社御所まちづくり。出資する株式会社narrativeで広報を担当されている浦山 志穂子(うらやま しほこ)さんに、見事に再生された銭湯が実現しつつある「あたたかなまちづくり」について、お話をうかがいました。
RITA御所まち 客室 「アンジェリカ」
鉄道会社からまちづくり会社へ
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本日は、御所市の「まちごとホテル」、GOSE SENTO HOTELの宿泊施設のひとつである「RITA御所まち」のチェックアウト後の客室をお借りして、話をうかがっています。大正時代に創業された万年筆ブランド「モリソン万年筆」の本店を改装された、とても雰囲気のある居室です。春先で外はまだ少し肌寒いですが、床暖房が入っていてあたたかく快適です。今日はよろしくお願いします。
GOSE SENTO HOTELの話をうかがう前に、浦山さんご自身の話を少しうかがいたいのですが、前職では鉄道の運転士としても働かれていらっしゃったとか。
はい、新卒で近鉄(近鉄グループホールディングス株式会社)に就職し、鉄道事業配属になって6年ほど働きました。運転士だけではなく、駅員や車掌もやりました。
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なぜ近鉄に入社されたのですか。
地元は大阪で、大学は東京だったのですが、大学では社会学を勉強していて、在籍中から公共的な取り組みをしたいと考えていました。ご縁があって、近鉄に就職することになり、大阪に戻ってきました。
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奈良県での「足」として、近鉄は大きな存在ですが、どんな会社でしたか。
社員は職人的というか、真面目な方が多く、こういった方々の献身的な行動によって、日々の安全な運送が守られているのだということを実感しました。
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現在お勤めの株式会社narrativeに転職されたのは、いつでしょうか。
2022年6月に入社しました。近鉄では一から現場で育てていただき、とても感謝しているのですが、もちろん大きな会社で、「自分がここでできる仕事は、もしかすると限られているのではないか」という個人的な危機感があったこともあり、転職しました。
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株式会社narrativeという社名について、偶然ですが、「ナララボ(narralabo)」の「ナラ」も、「奈良」と「ナラティブ」=「物語」を掛け合わせた意味で、奈良独自の地域活性化の物語をご紹介させていただいているので、親近感をおぼえました。
当社は「文化財をまもる、いかす」をミッションに、2018年に会社を設立しました。その際には、丹波篠山を拠点にまちづくりをしている一般社団法人ノオトとの関わりがあり、株式会社NOTE奈良という社名で活動していました。
2018年に古民家再生ホテル「NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち」をオープンし、2020年には奈良県最古の醤油蔵を再興した「NIPPONIA 田原本(たわらもと)マルト醤油」をオープン。2軒ともおかげさまで多くのお客様に滞在していただいています。
2022年10月に、ここGOSE SENTO HOTELをオープン、2023年6月には、地域に息づく物語、「ナラティブ」を中心としたまちづくり事業を展開するという意図で、株式会社narrativeに社名変更しました。
この後も、奈良県内で、奈良市の若草山と、重要伝統的建造物群保存地区として江戸時代の町並みを今に伝える橿原市(かしはらし)今井町での施設立ち上げを計画しています。
NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち
御所市の銭湯を再生させたGOSE SENTO HOTEL
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2022年6月に株式会社narrativeに入社されて、どのような印象でしたか。
前職を辞めてから、公共的な仕事を探している中で、当社の求人募集を知り、面接を受けた後、入社前に打合せに参加させていただく機会がありました。
代表の大久保や、他のスタッフとの議論する場で、上下関係がなく、みんなの意見を尊重して決めているというのが新鮮でした。
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自由で風通しのいい社風なのですね。
そうですね。また事業を進めるときに「リスクをとる会社」だと明言されていたのも、共感を持ちました。事業の収支が見えてくる前の段階から、人とお金と時間を投入する会社です。
GOSE SENTO HOTELのプロジェクトについても、2018年頃に御所市の関係者から声をかけていただき、継続的に町の方々とのやりとりを続けてきたと聞いています。
例えば定められた契約の中で、地域計画を作成して、後は自治体にお任せというようなコンサルティング会社としての進め方もあるかもしれませんが、当社はGOSE SENTO HOTELの運営会社である「株式会社御所まちづくり」に出資して、地元事業者と共に、「当事者」として事業を進めています。
株式会社御所まちづくりの共同出資者は、御所市に本社がある2社、「風の森」ブランドの日本酒を製造する油長酒造株式会社と、銭湯とは切ってもきれない関係の石鹸やスキンケア商品を製造する株式会社フェニックスです。
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GOSE SENTO HOTELはその名前の通り、御所市唯一の銭湯の再生が中心のプロジェクトです。「銭湯の再生のためにホテル事業を始める」意味を教えていただけますか。
GOSE SENTO HOTELは、古民家や空き家を活用して、地域をまるごと宿泊施設とする、「泊・食・湯」分離の「分散型ホテル」と呼ばれるプロジェクトです。元は地震で被災したイタリアの村で始まった「アルベルゴ・ディフーゾ」と呼ばれる発想からきており、日本国内では2018年の旅行業法の改正により、建物ごとのフロント設置や最低客室数の規制が撤廃されて、分散型ホテルが実現できるようになりました。
GOSE SENTO HOTELでは、銭湯の「御所宝湯」をホテルの入浴施設として位置付け、徒歩数分圏内の古民家や空き家を活用した宿泊施設2棟、レストランと合わせて、御所という「まちごと」味わえる観光体験を提供しています。
最初の計画の段階では、県内の銭湯は、法令に則り入浴料が450円(2022年開業当時。現在は480円)と安く設定されているため、高付加価値の宿泊施設やレストランと組み合わせることで、事業としての黒字化を狙っていこうという算段でした。ふたを開けてみると、結果的に多くのお客様に銭湯をご利用いただき、銭湯自体が事業の柱となっています。
また、新設の本格的なフィンランド式サウナや露天水風呂(利用料は開業当時350円、現在370円)を利用していただいたり、ドリンクやアイス、オリジナルのTシャツなどを買っていただいたりして、ご利用者ひとりあたりの単価も上がってきています。
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先ほど利用させていただきましたが、明るく清潔な雰囲気で、旅行中の若い方から、地元の方と思われるシニアなど、いろいろな客層の方々で賑わっていました。
リピートのお客様をつくるのはとても大事だと考えていて、たくさんの地元の方にも通っていただいています。
銭湯は老若男女が集まれる場所です。女子風呂で見かけるのは、お母さんと赤ちゃんが入ってきたときに、全然知らないおばちゃんが子供を抱いてくれて、その間に髪を洗っておいで、と気軽に声をかけてくれたりする光景です。男子風呂でも、男の子がお風呂の入り方がわからなくて、タオルを湯船につけていたら、おじさんにそれはダメだよ、と教えてもらったり、といった交流があるそうです。
番台に座っている男性にも面白いエピソードがあります。「御所まちづくり」の社員で、「御所宝湯」の「番頭」をしている太田有哉です。
彼は奈良県宇陀市出身の20代で、前職は銀行員だったのですが、銭湯がずっと好きで、銭湯を継げる場所を探していました。オーナーの高齢化で困っている銭湯は多くても、継がせてもらえる銭湯はそうありません。たまたま奈良県内で話がまとまりかけたので、銀行に退職届を出したところ、直前で話がなくなってしまい困っていた矢先に、たまたま私たちの銭湯再生プロジェクトを人づてに知って、巡り合うことができました。そんな運命の出会いの後、滋賀県大津市にある銭湯「都湯」に住み込みで掃除のやり方から勉強し、今は宝湯で活躍してくれています。
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「御所宝湯」は若い方が運営されているのですね。売っているTシャツやスウェットも大きめの丈の今風のデザインでカッコいいです。
「御所宝湯」でのイベントや商品開発は、太田が中心となって考えています。
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GOSE SENTO HOTELのレストラン機能をになう「洋食屋ケムリ」のシェフもお若いですね。
レストランは、昔あった煙草屋さんの建物を整備して、「洋食屋ケムリ」というデザインとロゴも決まっていて、最後にシェフが決まりました。高知県出身の和田勝太です。
2022年10月開業予定で、和田が初めて御所に来たのが8月。私たちがつくっていたコンセプトに沿って料理を考えてくれて、御所のローカルガストロミー(地域の風土や歴史、文化、農林業の営みを「料理」に表現すること)を模索しながら続けてくれています。オープン後も、御所の農家の方や、事業者の方を回って、より良い食材や調理方法を研究しながら、どんどん改良していってくれています。
ランチでは御所の美人卵を使用したナポリタンや、五條のばあく豚を使用したハンバーグなどがメインの洋食、ディナーではやはり地元産の倭鴨や吉野本葛、大和野菜などを使ったコースを提供しています。ディナーでは、限定生産の「風の森」ブランドの日本酒とのペアリングコースも好評です。
前職の経験で考えると、一般的には企業や組織にとっては属人的になり過ぎるのは、良くないことなのかもしれません。でもGOSE SENTO HOTELのような唯一無二の事業において肝になるのは、やはり「人」なんだと思います。
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浦山さんご自身もそうですよね。鉄道運営の現場や、大企業の仕事のやり方も知っていて、今は社長の右腕として、広報やホームページ制作のお仕事で活躍されています。
ピースがはまった感じなのかもしれません。計画的偶発性ですね。
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GOSE SENTO HOTELの宿泊施設は、こちらの「RITA御所まち」と、かつての自転車屋の面影を残す「宿チャリンコ」の2棟です。RITAとはどういう意味ですか。
RITAは、「遺産・継承・伝統」という意味の「HE“RITA”GE」を由来としています。古民家などの歴史的な遺産を継いでいくという意味が込められています。また建物を活用することで町並みを守り、事業の成果を自社だけではなく、地域に還元するという理念から、他を利する「利他」という意味も含んでいます。
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ここに泊まられる方は、お風呂は「御所宝湯」を利用されると思うのですが、部屋の水回りも新しくピカピカでとてもきれいです。一方、壁などは昔のまま残しているところもあります。
改装時、改修に緩急をつけることで、ある程度費用が抑えられたりする部分もありますが、それよりも、古民家の外見だけ残して、中身は全て改装してしまうと、人が暮らしていたときの息遣いが感じられなくなってしまうのです。
ビジネスとして考えれば、新築のホテルを建設した方が効率が良いところを、私たちは会社のミッションである「文化財を活かす」に立ち返って、都度、慎重に判断しています。
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実際にいらっしゃったお客様は、「古民家を残す」というコンセプトにどう反応される方が多いですか。
実は、感想をうかがうと、建物自体に注目される方よりも「支配人やスタッフのサービスが良かった」とおっしゃっていただけるコメントをよくいただいています。
RITA御所まちの支配人の小谷和生にしても、元々沖縄の大型リゾートホテルで働いていたこともあるのですが、小さな宿で自分の手の届く範囲でしっかりお客様と向き合いたい、とこちらに移ってきてくれて、最高のサービスを追求し続けてくれています。
持続可能な循環型社会をつくるために
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今回、英文でのウェブサイトを開設された、ということですが、どのようなきっかけでつくられたのですか。
2022年に営業を始めて1年ほど経ち、インバウンドのお客様にも、よりアプローチをしていこうという判断で、英文でのウェブサイトを立ち上げることになりました。
ホテルのマーケティングとして、海外のお客様向けの”Booking.com”や”Airbnb”などのサイトに掲載したり、細かい掲載文の調整などをしたりすることは続けていて、徐々に認知は広がってきたのですが、今回はその「母艦」としてのウェブサイトを今回はつくったかたちです。
英語が流暢に話せるスタッフばかりではないので、宿泊のお客様に対して、英文ウェブサイトを見せながらご案内することも想定して作りました。
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御所に公共交通機関で来る場合は、近鉄やJRでも何回か乗り換えしないといけないので、鉄道に不慣れな外国のお客様がいらっしゃるのは大変ではないでしょうか。
海外からのお客様の場合は、意外と気にされないようです。吉野や高野山といった人気のある観光地では宿泊施設が不足しているようで、その道中に滞在してくださっているケースもあります。御所市は奈良県内の西側に位置して、金剛山、葛城山を介して大阪府に隣接していますし、関西空港や和歌山県ともアクセスがいい場所にあります。元々、御所市自体が江戸時代に交通の要衝であり、商業の町として発達した歴史があります。
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海外のお客様をお迎えするために心がけていらっしゃることはありますか。
まだインバウンドのお客様は20組のうち1組ぐらいで、日々工夫と改善を積み重ねているところです。
食事にしても、肉や魚は食べられないベジタリアンのお客様もいらっしゃいます。また私たちの施設の場合、お泊りになる部屋とお食事をされるレストランが少し離れた距離にありますので、道に迷われてしまい、ご迷惑をおかけすることもあります。銭湯にしても、まず多くの他人と入浴するという習慣がないので、戸惑われる方もいらっしゃいます。
当社が田原本町で運営している「NIPPONIA 田原本 マルト醤油」は、醤油の醸造所を改装した宿ですが、1泊2日の醤油づくり体験が欧米系のお客様を中心にとても人気を得ています。御所でも、ここならではの体験プログラムをつくっていきたいと計画中です。
NIPPONIA 田原本 マルト醤油 客室
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これからのGOSE SENTO HOTELの展開が楽しみです。
この仕事を続けていて一番うれしいことのひとつは、外から働きに来た方が、御所で自分の役割を見つけて、居場所を見つけて、それが日常の生活として続いていくのを見ることです。
私たちは御所に移住してくる「定住人口」に加えて、何度も御所を訪れたり、長期滞在してくれたりする「関係人口」も増やしたいと考えています。
そのために、2023年10月には、仕事や勉強に使っていただける古民家コワーキングスペース「宝湯BEKKAN」をオープン、2023年12月には、築100年の長屋をリノベーションした賃貸住宅「赤塚長屋」をローンチしました。
これらは株式会社御所まちづくりとしての事業となりますが、それとは別に、外部から御所で事業を始めたい、テナントとして入りたいと考えている事業者の方々に対しても、古民家や空き物件の改装などのご相談に乗っていきたいと考えています。
また、GOSE SENTO HOTELに滞在していただいているお客様には、私たちの関連施設だけではなく、街に点在している昔からのお菓子屋さんや酒屋さんを訪ねていただきたいと思っていて、私たちも積極的にご案内しています。
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御所はいいところですよね。郷愁を呼ぶ風景が街のあちこちにあります。川沿いの桜並木や単線の電車の線路とか。昔に日本中にあったそういった風景も、人がいなければ廃れてしまいますが、御社のような事業者が入って、きちんとまちづくりをされているところは少ないので、貴重な風景になってくるのかもしれません。
個人で、ひとつの古民家を改修してカフェを開くということはできるかもしれません。ただ、そういったことを20年、30年と続けていくには、事業としてリスクをとりながら継続的に収益をあげ、働いている人たちにも還元していく仕組みをつくる必要があります。
地方活性化のために、いろいろな施設をつくったりという動きもありますが、私たちは「御所宝湯」で起こっていることを実際に体感して、銭湯を中心にしてまちづくりをすることに説得力を感じています。銭湯という仕組み自体が、各家庭でお湯を沸かすより、一ヶ所でまとめて沸かす方が効率がよいという意味で「エコ」ですし、御所での取り組みは循環型社会のひとつのモデルケースになっています。なにより、物理的にも“あたたかい”し、直感的に集まれる場所なんです。
地域の小学生が宿題を教えてと、番台に遊びに来るんです。普段あまり外出しない高齢者の方が、「お風呂に行こう」と家を出て銭湯で周りの人と話せたり、私たちの宿泊施設やレストラン以外でも「ご飯を食べて帰ろう」という機会を作ることで、まちの人流が変わってきています。
2008年に銭湯が一度、営業をやめてから10数年見られなかった状況が、毎日のように見られるようになりました。まちはその機能をいろいろと覚えているんです。
私たちはこれからも、やさしいまちづくり、持続可能な循環型社会をつくるために尽力していきます。
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ありがとうございました。
浦山 志穂子(うらやま しほこ)
株式会社narrative 社長室長
大阪出身。中央大学卒業。
2015年、近鉄グループホールディングス株式会社入社。2022年、株式会社narrative入社。
趣味は、地方にあるサウナと食巡り。
関連URL:
GOSE SENTO HOTEL
https://www.gosemachi.com/
GOSE SENTO HOTEL 英語版ウェブサイト
https://en.gosemachi.com/
株式会社narrative
https://narratives.co.jp/
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