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イマーシブシアターで地域と人の感情が結びつく

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市川 真也

市川 真也

黒塀に、雨上がりの濡れた石畳が光る夜の花街。許されぬ元の芸者との恋に悩む若者が、こちらの眼を見て語りかける。「君ならどうする?」

東京・神楽坂で2026年2~5月に開演し、延べ2,000人以上の観客を動員したイマーシブシアター『記憶の質屋 ほの灯り堂』。地域の魅力を伝える観光コンテンツとして、街を舞台に繰り広げられた没入型・参加型演劇です。

メインキャスト(俳優)のひとりとして、また同劇の音楽の作詞・作曲も担当された市川 真也(いちかわ しんや)さんに、公演の舞台裏やご自身のキャリア、イマーシブシアターと地域活性化の関係について、話をうかがいました。

CONTENTS

号泣する観客に寄り添う

──

イマーシブ “immersive”は「没入」という意味です。今回のイマーシブシアターは、神楽坂の街中を、1グループ8名程度の観客が、「灯り番」というスタッフに先導され移動し、料亭の玄関先やお寺の境内などに登場するキャストと遭遇します。観客は、羽織など貸し出された衣装を身につけ、キャスト同士の演技を鑑賞するだけではなく、劇中の登場人物の一員として、時にはキャストから声をかけられることもあります。

市川さんは、筆者が『ほの灯り堂』を鑑賞した回で、明治から大正時代に活躍した小説家の泉鏡花をイメージした若者を演じました。他の登場人物は、若者の師匠だった大物の作家と、同棲中の元芸者の2名。師匠への思慕と元芸者への愛情の間で苦悩する様子が見事でした。

熱演でしたが、イマーシブシアターというのは、演じている側はどんな感覚なのでしょうか。

イマーシブというのは「没入感のある」という意味ですが、僕は、実は演じているときに没頭はしていないんです。本番中も、演じている自分を斜め上あたりからみている僕自身が常にいて「今の聞き方はわかりづらいぞ」と思ったりしています。

──

われわれ観客は、単に一方的に鑑賞するのではなく、今回の場合は市川さんの役柄である小説家の「弟子仲間」という役柄を与えられ、キャストから会話を投げかけられ、それに応えるという流れで、より物語に没入していく仕組みでした。

同じグループの方で、男性が、市川さん演じるキャストとのやりとりの中で、号泣していたのに驚いたのですが、あのようなことはよくあるのですか。

あります、あります。泣かれることもありますし、怒られることもあります。懇願されたり、別のイマーシブ作品ですが、愛の告白をされたりすることもあります。本当にお客様からは、いろいろな感情をもらっているので、ありがたいですね。

──

劇場で観客が座席で泣かれることはありますが、今回のように目の前で泣かれていて、しかもその方が俳優ではなくて観客ということで、反応に困ることはないのでしょうか。

困ったとしても、それは日常生活で、例えば飲みの席で家族や友人が泣いてしまったときのような感じです。今回であれば、お客様は弟子仲間という設定なので、「仲間が泣いていたら、どう言葉をかけてあげればいいかな」とは考えますが、「芝居の進行が台本と違うからどうしよう」という困り方はしないですね。慰めたり、一緒に泣いてあげたり、呆然としてなにもできなかったりと、普通に人間同士の対応をしているという感じです。

──

なるほど。確かに普段の生活であれば、目の前の人が泣いたら、必ずこの反応をするというものでもないですよね。

たぶんそこで変にお芝居を出してしまうと、せっかくのイマーシブな状態が台無しになってしまうかもしれません。自分も無防備になって、役としてその場で起こっていることに対応していった方が、お客様にも楽しんでいただけるのではないかなと思っています。

──

演じているとは言え、人間として無防備で感情がむき出しになってしまう部分がある。観客の方もむき出しになる部分もある。それを「俳優として自分がやりたいように演技できない」ととらえるのではなく、「観客に楽しんでもらえてよかった」と感じているわけですよね。

みんな優しいんですね。実際には存在していない人間を役として演じている自分たちに対して、泣いたり、怒ったり、なにかアドバイスをくれるって、とても優しい行為ですよね。

今回のイマーシブシアターの製作で、メインディレクターをつとめたムケイチョウコクの美木マサオが、「演劇は戦争をなくせる」と言っているんです。言葉が通じない、宗教が違う人とも、こういうイマーシブな演劇体験で、真剣に親身にやりとりできれば、みんな仲良くなれるんじゃないか、と僕も思います。

音楽で現実と虚構の間を揺るがす

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今回の公演では、観客の没入感を増すために、オープンイヤーイヤホン(耳穴を完全にふさがないため、周囲の音が聞こえる形状のイヤホン)から、ナレーションと劇伴(劇場伴奏音楽)が流れる仕組みでした。市川さんはキャストだけではなく、劇伴の作詞・作曲・編曲も担当されています。

音楽家であり、俳優でもあるのですが、そもそも、どちらを先にやりたいと思ったのでしょうか。

音楽です。子供の頃から歌うのが好きで、中学生からはバスケットボールに熱中していたのですが、高校1年の夏にアコースティック・ギターを独学で始めました。地元の高校を卒業後、20歳で新聞配達の奨学金制度で東京に来て、高田馬場にある音楽の専門学校のESPミュージカルアカデミー(現・ESPエンタテインメント東京)に通いました。

その後、日経新聞の配達所で一緒に働いていた青森出身の人間とデュオを組んで、ライブハウスでデビューしました。4年ほど、オーディションを受けたり、レコード会社にCDを送ったりしていました。

その活動の中で、出演したライブの演出を担当していた元劇団四季の俳優の方が、千葉で市民劇団をやられていたのですが、そこで若者の役をする人間を探していて「お前、やってみないか」と声をかけられました。子供の頃に「声優になりたい」と考えていたこともあり、お芝居にも興味があったので、「じゃあ、やってみます」と出演することになりました。
アメリカの不条理劇のテネシー・ウィリアムズ作『ロンググッドバイ』で、24歳での初舞台、初主演で芝居を始めました。

──

そのような経緯で、音楽と俳優との二刀流の活動が始まったのですね。ムケイチョウコクと初めて仕事されたときも、「両方やってください」という話がきたのですか。

最初は音楽だけでした。2022年の公演で『One Room ⇔ dramaS -落下する記憶-』という池袋のカフェを会場としたイマーシブシアターです。プレ公演では音楽だけ、本公演で「キャストとしても出てほしい」という話になりました。

──

劇場の舞台上に流れる音楽と、イマーシブシアターでの音楽というのは、作曲する立場としては、どのような違いがあるのでしょうか。

どちらもメインは芝居というのがあるので、それを邪魔しないようにすることは、毎回確実に意識しています。ただ、今回は、音楽が劇場のスピーカーからではなく、お客様の耳元のオープンイヤーイヤホンから流れます。キャストの声よりも物理的に近いので、音楽が主張したら芝居が台無しになると、特に留意しました。音楽家としては、音楽を聴いてほしいので、凝ったものになりがちなのですが、今この部屋で空気清浄機の音がボーっと聞こえるじゃないですか。これぐらいの存在でいいと思うんです。

カフェで音楽が流れている理由は、人は静かだと緊張するのでリラックスさせるためと、他の客の話声を緩和させるためです。今回の公演でも、観客の緊張を解き、街からの音を緩和させるという効果を得るための音楽である、という位置づけをしっかり把握して、主張しないぞ、と。キャストもしゃべっていない状況で、街を歩いていて、一瞬静かになった時間に「なにか風のように聴こえてくれればいいな」と思って音楽をつくりました。

──

音楽をつくる上で、そのような効果は、どのようにすれば出るのでしょうか。

一番意識したのは、音と音のすき間を空けたり、長音(長く伸ばす音)をよく使うことです。
例えば、ピアノでポンと弾くと結構耳につくけど、足元のペダルを踏むことで音を長く響かせると、人間ってその音に慣れるんですよ。音が鳴っていても、鳴っていることに慣れて、意識から外れてしまう。あとは、音の消えるタイミングも使います。

──

音楽が演技を邪魔しないだけでなく、観客の意識からも外れてしまう。

今回の公演では、お客様に提灯を持って歩いてもらいました。実際に使ったのは電球の入ったものでしたが、ろうそくを入れている提灯であれば、風でろうそくの光が揺らぐのを見ていて、不思議な感覚になることがあります。音楽的な演出として、あの揺らぐ感じを出したかったんです。

現代の神楽坂を歩いているのか、劇中の設定である昭和や明治の神楽坂を歩いているのか、わからなくなっていく。波が寄せては引くように、音楽も聴こえたり、静かになったりを繰り返す中で、お客様も耳が慣れて、音楽自体を意識するというより、感覚が揺らいでいく。ふと「自分はどちらの世界にいるのだろうか」と思う。

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確かに、観客として体験していて、夜の街を歩いているうちに、物語の舞台の世界にいるような気がしてきました。市川さんとの体験中の会話の中には「天に届くような高い建物。不思議な光が灯っていて人々が生活しているようだった。電灯が見た事もない数と光で輝き、昼間のように明るい・・・」という現代の世を表現しているシーンもあり、幻想的な雰囲気が漂っていました。音楽でも意図的にその効果をつくっていたのですね。

それをわかってもらえると、うれしいです。あまり主張しない音楽であっても、演出的な意味合いをつけたかったんです。

──

演劇のことをよく知っている人でないと、そのような音楽はつくれないですよね。

僕の音楽家としての強みは、お芝居をやっている側であるということです。もちろん芝居をやっていなくても劇伴の作曲などで活躍されている方はたくさんいますが、両方やっている人はそんなにいないかもしれません。
俳優をやっているときにも、セリフとセリフの「間」だったり、リズムや声色だったりといった部分で、音楽家の強みを活かせることもあります。

──

観客のスマホから、音楽やナレーションをオープンイヤーイヤホンで流すために、今回はLocatone™(ロケトーン)というサービスを使っていました。ここからは、公演の製作を担当されたロングランプランニング株式会社の熊谷 洋幸(くまがい ひろゆき)さん(以下「熊」)にも話をうかがいます。 今回、ロケトーンを使われたのは、どのような理由ですか。

熊:

まずは、街中という現実空間の中で、BGMやナレーションなどの「音」と神楽坂という「街」がリンクすることで物語により没入しやすくなるのでは?というところから、歩いている場所と音声・音楽が連動する仕組みをもつロケトーンに声をかけました。

今までのロケトーンの活用法は地域の名所巡りが主で、生身のキャストの演技と組み合わせるコンテンツは初めてだったようです。ただ、本作のUXディレクターであるご担当者様が「イマーシブシアターと相性が良いはず」と以前より考えていたようで、我々がやりたいことを深くご理解いただきながら製作をしていただきました。

Locatone™(ロケトーン)は、ソニーの技術を活用した、現実世界に仮想世界の音が混ざり合う新感覚の音響体験サービスです。

スマートフォンのアプリからコンテンツを開始し、特定のスポットを訪れると、GPSによる位置情報やQRコードを読み取ることにより、自動的に音声や音楽が聞こえてきます。音を聴きながら街をめぐることで新しい魅力や楽しみ方を発見できます。

──

最初の集合場所から最後に解散する場所まで、スマホのロケトーン・アプリからの音声や音楽を聴き続けながら観劇するスタイルが、まさにイマーシブな体験でした。オープンイヤーイヤホンなので、外気音やキャストの声も十分聞こえました。

街を歩いている最中も、先導するスタッフの「灯り番」の方々が周りの状況に十分配慮されていたので、安心して体験を楽しめました。また「灯り番」からは、何ヶ所かでQRコードをスマホに読み込ませるよう、促されるタイミングがありました。

熊:

追いかけるキャストを途中で選べる物語にしているため、道程やロケトーン内の音声が途中で分岐していく、という複雑な構成となっています。
ある特定の場所でGPSが感知して音声が自動で流れる「GPS」連動と、特定のシーン後でQRコードを読み、その瞬間や良いタイミングで音声が流れる「QRコード」連動の二つを取り入れた複合型で音声操作を行っておりました。

──

QRコードではなく、GPSで音声が切り替わる箇所もあったのですか。

熊:

例えば、お寺への移動中ではGPSを感知して切り替えていました。BGMが変わったり、名所となるような坂に差し掛かると「この○○坂をのぼると・・・」みたいな形で物語のベストタイミングで流したいときに活用していました。
逆にQRコードを読みこんでもらうのは、芝居の区切りのいい、小説でいう「ここから第何章」というところでした。

──

観客に「ここで別の話になるぞ」と思わせるのと、それを意識させたくないところで、QRコードとGPSの役割を使い分けていたのですね。

感動体験が地域を活性化させる

──

イマーシブシアターを、地域活性化という視点から見ていきます。「神楽坂への訪問経験の少ない若い世代が、街を訪れるきっかけを作る」というのが、今回の企画の目標のひとつとうかがいました。

熊:

はい。今回の『ほの灯り堂』公演は、2月のプレ公演を含んで全122公演、延べ2,247名の観客を動員しました。うち、20~30代の参加が全体の6割以上、地域別では約2割の方が首都圏以外の遠方から参加され、一定の成果を示すことができました。

地域活性化という観点から、東京・新宿区の魅力向上に貢献し、新しいデジタル技術を活用したコンテンツ造成の取り組みとして、アーツカウンシル東京(注:東京都の芸術文化政策を専門とする機関)からの助成を受けています。

──

神楽坂の地域活性化に多大なる貢献があったのですね。市川さんの地元の加賀市や山中温泉でしたら、どんな街歩きイマーシブシアターができるでしょうか。

市川(以下、同):「あったらあったでおもろいやろな」と思います。今回、神楽坂でこの企画が立ち上がったのは、メインディレクターの美木の出身地であることが大きいです。それに、僕が演じた役のイメージの泉鏡花だったり、芸者華子役の元の神楽坂はん子だったりがいた土地からこそ、物語がかたちになったと思っています。

企画を作っていく中で神楽坂を歩いてみて、花街の石畳がとても素敵で、山中温泉も花街の雰囲気があるので「似てるな」と思いました。楽しかったですね。山中温泉だと、かつて松尾芭蕉が滞在して「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」と句を残しています。温泉街を歩いていて、芭蕉や弟子の曽良に会う体験ができたら面白いです。他の地域でも、その土地でフィーチャーできる人物や伝説があると楽しいものがつくれそうですね。

──

その地域に生きていた人物にスポットライトをあてて、物語を組み立てていくのですね。

「演劇を観に行く」というより、「その人物に会いたいな」と思って、人が来てくれるかもしれません。単にある名所旧跡を訪ねた、というより、イマーシブシアターのように、キャストという人間が介在し、対話することで、泣いたり笑ったりした体験が生まれると、その地域の記憶も増します。

──

謎解きゲームのように没入型の観光の仕組みは増えましたが、そこに実際に人がいて、その人と接することで感情が残ると、また「あそこに行ってみたい」という愛着が一段深まりますね。

昼の物語で安養寺を使わせてもらったのですが、大仏様(薬師如来坐像)の前で芝居をしました。新宿区に大仏様がいらっしゃるとは知らないじゃないですか。体験した方にそういった地域の魅力を知ってもらえるのもうれしいし、演劇の後で、お客様からの「御朱印をもらいに行ってみた」、劇の中で出てきた「甘納豆を買いに行った」、キャストがXで「このお店が美味しかったよ」とつぶやいた後、「その店に行ってみた」というような話を聞くと、本当にこの地域でやってよかったと思います。

──

観客に歴史や食文化にも親しんでもらえて、立体的に地域を活性化する効果が出ています。

僕の地元だと、同級生が一生懸命、青年団で地域活性をがんばっていて、かまぼこ屋をやっているのですが、もしやれるんだったら、そいつんちのかまぼこは劇中で絶対出したいな、と思います。

──

イマーシブシアターは、その地域と訪れた人の感情を、演劇を通じて結びつけることで、地域活性化に貢献しているのですね。いつか奈良でも公演があれば、ぜひ体験してみたいです。

写真:冨岡弘行、間野真由美、中島早紀

市川 真也

市川 真也(いちかわ しんや)

1985年生まれ。石川県加賀市出身。
ムケイチョウコク全作品 出演・音楽。
Project未來圏「夜明けのピーター・パン」音楽・声の出演。
イマーシブポケット「故人探偵file.1」音楽・キャスト。

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