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分断された世界で「石ころ」と響き合いひとつに

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ナララボ編集部

ナララボ編集部

2025年4月13日、大阪・夢洲(ゆめしま)で開幕した「EXPO2025~大阪・関西万博」。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。

「ナララボ」では、観光DXの事例をとりあげるDigital Translationのコラムにて、将来、奈良県内の観光地でも活用される可能性のある、万博で公開されたデジタル技術を中心にレポートします。

CONTENTS

大屋根リングの下に集う

先日、筆者(ナララボ編集長)は、開幕直前の会場を訪れました。会場に入ると、EXPO2025のシンボル「大屋根リング」の存在に圧倒されます。
1周約2kmという巨大建造物ですが、土台は神社仏閣でおなじみの木組みで施工され、初めて見るのに不思議と懐かしく、強烈にNIPPONを感じます。

高さ20mの「大屋根リング」に上がると、多様な建築デザインで、技巧を凝らした海外パビリオンが立ち並ぶ様が目に飛びこんできて、思わず息をのみました。

案内していただいた2025年日本国際博覧会協会 広報・プロモーション局の河田 真(かわた まこと)さん(以下「河」)に、今回の万博の魅力を教えていただきました。

河:

まずは圧倒的な規模感です。特に「万国」博覧会の名前にふさわしく、参加国が自分たちの国の個性を強く打ち出した海外パビリオン(「タイプA」と呼ばれる自前で建物をデザインするパビリオン)が47カ国42棟建設されています。

実際の世界では、コロナ禍で世界が一度閉ざされ、万博のテーマの「共創」や「共鳴」という存在が見えなくなってしまっているかもしれません。そんな中、各国がテーマにそって、いろいろな想いでパビリオンや展示をつくり、パビリオンに入れば、それぞれの国の人々が笑顔で出迎えてくれる、そんな場所は、今の日本にはありません。

──

先ほど大屋根リングから見まわしただけでも、そのデザインの多様さや建築物としての迫力が伝わってきました。

テレビ局や新聞社などとのメディアリレーションをご担当されている河田さんですが、ご自身の家族とは、どのように今回の万博を楽しみたいと考えていますか。

河:

実は今回、小人用(2025年4月1日時点で満4歳以上11歳以下)の通期パスの料金が7,000円と、とても安く設定されています。
私が子供を連れて家族で来るなら、1回の来場では2時間ぐらいの滞在時間でいいので、その日ごとにテーマを決めて、子供にいろいろな体験をさせたいです。

例えば、オーストリアのナショナルデーが開催される5月23日は、ウィーン少年合唱団が会場でコンサートを開催します。ナショナルデーは毎日のように開かれ、海外の魅力的な文化を体験できます。自動翻訳システムも導入されますし、子供には外国の人々との会話に挑戦してもらいたいです。
また、子ども2人が囲碁を習っていますが、8月8日~10日に「世界遊び・学びサミット」イベントの1つで「ペア碁ワールドフェスティバル」が開催されるので、世界各地の選手と交流したいらしいです。
できれば期間中に10回ぐらい連れていって、万博を楽しんでもらいたいです。

──

1970年の万博の時代と異なり、現在はさまざまなエンターテインメントが日本中にあふれています。
万博といえども、もはや全員をひとつの見世物、ひとつのキャッチフレーズで連れてくるものではないのかもしれません。その意味でも、それぞれ自分のテーマを持って会場に行くというのは、とても良さそうです。

河:

万博では「テーマパークに、人気のアトラクションに乗る目的で行く」というのとは少し違う楽しみ方ができると思います。どちらかといえば、東京の六本木などの都心で盛んに開催されている美術展を楽しむような内容に近いかもしれません。

参加国、参加企業、プロデューサーの方々が、「なんとか世界や日本の未来を良くしないといけないし、その未来を子供たちに伝えなければならない」という強い意識を持って、明るく、楽しい、未来社会の姿をつくりあげています。
まずは一度、肩の力を抜いてご来場いただき、大屋根リングの上から、"世界"が立ち並ぶ壮大な光景をご覧になっていただきたいですね。

「ふしぎな石ころ」との共鳴

万博では「未来社会の実験場」として、さまざまな先進的なデジタル技術が公開されます。
今回、「ナララボ」で万博を取材した理由は、「これらの技術を近い将来、奈良の観光名所や施設で、コンテンツの魅力度アップに活用できるのではないか」と考えたからです。

観光DXへの活用が期待されるデジタル技術として、公式ガイドブックなどの事前情報で調べていて目立ったのは「パビリオンの館内で、特有のデバイスを持ち運びながら、双方向体験を行う仕組み」でした。万博のテーマ事業を担うシグニチャーパビリオンのひとつである「Better Co-Being」をはじめ、電力館、住友館、パナソニック、ドイツ連邦共和国など、複数のパビリオンで採用されているようです。

今回は幸運にも「Better Co-Being」パビリオンを万博開幕前に体験させていただき、体験の中心となっているデバイスの「ふしぎな石ころ」を開発した株式会社村田製作所に取材することがかないました。開催直前の大変ご多忙な時期にご対応いただいた関係者のみなさまに、深く感謝いたします。

「Better Co-Being」パビリオンは、万博の中核となる事業「いのちの輝きプロジェクト」の8人のプロデューサーのうちの1人、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏が「いのちを響き合わせる」をテーマに監修しています。

筆者は4月3日に開催された「シグネチャーパビリオン8館完成披露・合同内覧会」にて「Better Co-Being」パビリオンを体験しました。

このパビリオンには、屋根も壁もありません。「分断のない世界」を表現しています。中は公園のように植栽され、現代アートの作品が置かれています。見上げると、網状のキャノピー(天蓋)が敷地を覆い、すき間からは空が見通せ、キャノピーが雲のようにも感じられます。

このパビリオンでの「いのちを響き合わせる」体験で重要な役割を負うのが、村田製作所が製作したデバイスである「ふしぎな石ころ "echorb"(エコーブ)」です。

来場者は、入口で渡される、パソコンで使うマウスのような、こぶし大のデバイス、「ふしぎな石ころ」を持って、パビリオンを巡ります。「石ころ」には自らの脈拍が宿り、時には小さく、時には大きく振動し、アート作品に呼応して光ったり、音が鳴ったり、時には行く手を案内するかのように、握った手を特定の方向に引っ張ります。

キャノピーから雨が降ると、「石ころ」は喜んでいるのかのように、右に左に動き回ろうとし、まるで生命体のようです。
クライマックスの球体のLED映像の場面では、「石ころ」は来場者の感動に呼応するように一段と大きく鼓動し、映像が終わると、その鼓動は次第に小さくなり、やがて消えて単なる「石ころ」に戻ります。

この「石ころ」の挙動ひとつひとつに胸をうたれ、パビリオンから出るときには、「石ころ」を連れて帰りたいような愛着がわきました。
筆者はこれまでに開催された各地の博覧会では、技術進歩に伴うさまざまな映像表現をメインにしたパビリオンを見ましたが、「Better Co-Being」パビリオンでは、単に映像を見るだけではない、全く異なるエモーショナルな体験をすることになりました。

2025年万博の"月の石"を目指して

会場を訪問した別日に、「ふしぎな石ころ」を開発した村田製作所本社(京都府長岡京市)で、万博推進事務局 事務局長 林田 貴司(はやしだ たかし)さんをはじめ、開発にたずさわれた社員の方々に話をうかがいました。

──

御社は、今回の万博に「ゴールドパートナー」として協賛しているとのことですが、どのような背景で万博に関わることになったのでしょうか。

万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」が、当社の長期ビジョン「Vision2030」における「多様なイノベーションにより新たな価値を創出し、社会と調和しながら未来を切り開く」という考え方と親和性が高いことが、参画の理由のひとつです。
万博には、個々のプロデューサーをはじめ、企業や政府・自治体も含めて、「未来社会にむけた共創とはなにか」を真剣に考える方々が多く集まっています。そういった意識の高い方々と交流できることも狙いでした。
当社は、万博がゴールではなく、これを契機に今後も10年、20年かけて、未来社会の新しいかたちづくりに貢献したいと考えています。

──

御社は事業として、スマートフォンや車などに搭載される最先端の電子部品を開発されています。どのようなかたちで「Better Co-Being」パビリオンに関わられてきたのですか。

当社は「Better Co-Being」パビリオンの全体構想の段階から参加しています。

協賛を決めたのは2022年5月頃なのですが、最初の1年ぐらいは、ウィークリーで企画会議をしていく中で、当社の製品や技術を提案させていただいて、どのように活用できるか、いろいろな選択肢や可能性を探っていました。

2023年の4月、5月ぐらいに、当社の持っていた「3Dハプティクス」技術をメインにして、今までになかったデバイスをつくることが決まりました。
このデバイスを手で握ると、小刻みに振動しますが、その振動が脳内に錯覚を起こし、手が特定の方向に引っ張られたり、回転させられたり、といった感覚を起こすことができます。

デバイスは「ふしぎな石ころ」と名付けられましたが、愛称として"echorb(エコーブ)"(echo+orbの造語)と呼んでいます。

当社の創業者である村田昭が、セラミックス素材のことを、焼き物に化学薬品を混ぜ合わせ加工することで、電気を蓄える、電気を通すと振動するなどの特性を持つ「ふしぎな石ころ」になると名付けた言葉を、引用しています。

この約1年半、かなりのトップスピードで、エコーブの開発、設計、生産を進めてきました。
1970年の大阪万博では"月の石"が見どころでしたが、2025年の大阪・関西万博では同じ"石"でも「ふしぎな石ころ」体験が一番の目玉となるぐらいの思いで、村田製作所の関係者一同みなモチベーション高く、一生ものの仕事として取り組んできました。

──

エコーブの技術的な側面について、もう少しご説明いただけますか。

エコーブには、当社の最新テクノロジーが凝縮されています。
3Dハプティクスの他にも、来場者が握った圧力を感知する機能(圧電フィルムセンサ)や、自らがどこでどのような態勢でどのような動きをしているのかを検知する機能(慣性力センサ)を持ちます。フルカラーのLEDにより光ったり、アクチュエータで音を出すこともできます。

「百聞は一見にしかず」ではなく、われわれは「百聞は"一触"にしかず」と言わせていただいています。とにかく触っていただければ「すごい不思議!まるで生きているみたい」とこれまでにない体験をしていただけるものだと信じています。

また、エコーブを反応させる仕組みとして、パビリオンの地面に「LFアンテナ」が約500本埋まっていて、磁気を発生させています。外からは見えませんか、エコーブを持った来場者が、磁気が発生しているフィールドに出入りすることで、エコーブがさまざまに反応する仕組みとなっています。

LFアンテナ自体は、スマートフォンや車のスマートキーに入っている既存の電子部品ですが、防水性の高い箱に入れて一年以上地中に埋め、雨や温度の変化に耐えられるようにするのは新しいチャレンジでした。

LFアンテナの敷設により磁気フィールドをつくる技術は、物流倉庫の中や、ドローンの着陸場所のコントロールなどにも利用可能です。駐車場の車の出入りも、カメラのモニターなど不要で感知することができます。

──

「ふしぎな石ころ」体験で一番印象的だったのが、「自分の脈拍が石ころに乗り移り、石ころを分身のように感じる」という点だったのですが、これはどういう仕組みだったのでしょうか。

最初にパビリオンの入口で、椅子に座ってエコーブの説明を受けていただくのですが、実はその椅子にセンサーが設置されています。

人間は、自分では気づいていませんが、心拍で身体が振動していて、その微妙な振動を検知できる高精度なセンサー(ミリ波レーダーと荷重センサ)が、エコーブの振動を管理するサーバに身体データを送信する仕組み=「鼓動センシングシステム」です。

この技術も、将来、自動車のスマート化が進む中で、ドライバーの健康状態を把握したり、また車内に人がいるかどうかわかることで、社会問題となっている"置き去り問題"の解決にも応用できます。

──

まさに「Better Co-Being」パビリオンのテーマ「いのちを響き合わせる」技術ですね。LFアンテナにしても、鼓動センシングシステムにしても、来場者からは直接見えないかたちで、最先端の技術が使われていることが、とても2025年の万博らしいと感じます。

技術的にもとても魅力のある「ふしぎな石ころ」ですが、万博用にどれぐらいの個数、生産されるのですか。

約4000個です。

──

そんなにたくさん生産されるのですね。

はい。パビリオンで一度に体験できるのは十数名ですが、安全を見て、一日1回だけ使うようにすると1日1000個。翌日は充電のため別のデバイスを使うとすると2日で2000個。修理や予備の分も含めて4000個準備します。

──

なるほど。現場での確実な運用を考慮されている点も、さすが日本のメーカーの品質管理の高い意識を感じます。

エコーブは、石川県羽咋市の当社工場、ハクイ村田製作所で生産しています。
この工場は、2024年元旦に発生した能登半島地震で被災したのですが、地震の前から工場のスタッフとエコーブの生産を検討していたこともあり、2024年の秋頃から量産に入ることができました。
2月の出荷式には、特別に制作した和島塗と金沢の金箔による装飾をほどこした「ふしぎな石ころ」を公開することもできました。「地元の復興支援につなげていければ」という想いもあります。

──

パビリオンで使われているバージョンのエコーブの外観も光沢があって、きれいで握りやすかったです。

世界初の3Dハプティクス技術を実用化したデバイスとして、どのようなかたちであれば振動を感じやすくできるか、握りやすいか、何十種類もの試作品から最適なものを選び、1グラム単位での軽量化にも取り組みました。
外見は、今回のパビリオンに屋根がなく太陽光の下で体験することになることから、オーロラや虹のように光るようにデザインしています。

──

最後の質問になりますが、将来的にはどのような場面で応用できそうでしょうか。

今回のパビリオンの演出にもあるように、美術館などで、順路をエコーブが誘導したり、展示品や特定のエリアに近づくと、エコーブが振動したり、音声解説が始まったり、といった仕掛けが可能です。

またエコーブにはそれぞれ個別の信号を付けられるので、テーマパークなどで人気のキャラクターの着ぐるみに、来場者がエコーブを持って近づくと、その来場者がエコーブに事前に登録しておいた自分の名前を、キャラクターが呼ぶ(スピーカーから音声出力する)といった演出も考えられます。

このようなエンターテインメント系での活用以外にも、病院や駅構内でのエコーブによる視覚障がい者の誘導や、LFアンテナについても、駐車場出入口に設置してリアルタイムでの車の出入りを検知し周辺に伝え、渋滞緩和につなげるなど、社会課題の解決にも役立てることができます。

──

奈良の観光視点だと、「石ころ」というのが、例えば明日香村の石舞台古墳や酒船石など、奈良県内に石にまつわる文化財が多いのに呼応しているように感じました。
またエコーブに意識を向ければ向けるほど(脳が錯覚して)、石の動きが鋭敏にわかるようになるところなどは、自然との対話を重んじる禅の精神を彷彿とさせます。

「ふしぎな石ころ」が万博の良き"レガシー"(遺産)として、将来、奈良県をはじめ、日本の、世界のさまざまな観光地でも活躍することを大いに期待しています。

編集後記

コロナ禍で世界が分断され、その後も世界各地で紛争が続き、自国ファーストの動きが目立つ現代の社会。複雑な国際情勢の中、ひとつの大屋根リングの下、ひたすらに数年間、明るい未来を信じてパビリオンや、そこで使われるデバイスや展示物をつくり続けてきた人々の思いにうたれた取材でした。

「いのち輝く未来社会のデザイン」。万博を観に行く来場者も、自分がどのような未来社会で生きたいのか、そのために自分はどう行動すればいいのか、といった問題意識を持ってパビリオンをまわることをおすすめします。

これだけの規模の万博ですが、あとわずか6ヶ月で終わります。ただ、万博に向けて数年をかけて開発されてきた最先端のデジタル技術はレガシーとなって残ります。それが観光DXにも活用され、新たな日本の、また奈良の、魅力をひきだすことを願って、取材を終わります。

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